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でんえんのまぼろし
田園の幻
豊島 与志雄
「世界評論」1950(昭和25)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,053 字 · 17 页
堅い表皮を歯でむいて、まだ薄皮の残っているやつを噛みしめるのである。青ぐさい仄かな甘みが、砂糖のあくどさと違って、野の幸を思わせる。
「お父さんどうしてるんだろう。」
砂糖黍の噛み滓を吐き出し、太鼓の音に聞き耳を立てて、宗太郎は呟いた。投網の夜打ちが済んだら、彼は八幡様のお祭りに行くつもりなのである。
彼の父の宗吉と私は、その晩、八幡様には行かないで、家で一献酌むことにしていた。お祭りといっても、特別な催し物があるわけではなく、飲んだり食ったりして打ち騒ぐだけで、その中に立ち交るのも私には却って気骨の折れることだろうと、宗吉が気を利かしてくれたのである。家で手製のドブロクを飲み、鶏鍋や野菜の煮付の外に、投網の夜打ちで取った川魚を甘煮にして、野趣を添えようというわけだ。投網を持ってる家は、今時、村には二軒しかないと、宗吉は自慢だった。実は、そんなこと自慢にも当らないほど、宗吉の家は村きっての大家であり、宗吉は一番のインテリなのだ。
ただ一つ、私には気懸りなことがあった。三好屋の花子から預かってる荷物だ。細引で結えた小さな柳甲李で、それが押入の隅に転がっている。