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ゆふいんこう
由布院行
中谷 宇吉郎
「社会及国家」1926(大正15)年5月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,779 字 · 14 页
温泉地といっても、別府から六里の峠を越した盆地の中で、九州でも「五箇荘か、由布院か」といってからかわれる位の山の中なのである。
比較的空いた下ノ関行の急行の窓によりかかって、独り旅の気軽さを楽みながら、今頃は伯父が手紙を見てどんなに喜んでいるかなどと、ぼんやり考えて見た。高等学校の頃行った時には汽車の中の気づまりさに耐えかねて、瀬戸内海は汽船にしてしまったのであったが、今度はどうしたことか、大変伸び伸びした気持になって、誰とも口もきかず、眠ったような覚めたような気持でいたので、ちっとも疲れなかった。
窓を明っ放して涼しい風を納れながら、先生から戴いて来た漱石研究を膝の上にひろげて、読むでもなく読まぬでもない気持で、時々眼をあげると、瀬戸内海だったりしたこともあった。
夜遅く下関へ着いて、駅前の名もない宿へ泊る。すぐ前は、何とかホテルという大きい洋館だった。暗い電燈の下で、教室の連中へ葉書を書く。
……汽車の中はすいていてよかった。二十四時間仮眠して来たので、ちっとも草臥れなかった。東京からずっと一緒に来た新婚の夫婦らしいのが、初めは大分行儀がよかったが、だんだん草臥れて来て、口をあけて居眠りを始めたのが印象に残る位で、別に変ったこともなかった。