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ちくけんだん

畜犬談

太宰 治

―伊馬鵜平君に与える―

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,173 字 · 24 页

青空文庫

人の言葉が、犬と人との感情交流にどれだけ役立つものか、それが第一の難問である。言葉が役に立たぬとすれば、お互いの素振り、表情を読み取るよりほかにない。しっぽの動きなどは、重大である。けれども、この、しっぽの動きも、注意して見ているとなかなかに複雑で、容易に読みきれるものではない。私は、ほとんど絶望した。そうして、はなはだ拙劣な、無能きわまる一法を案出した。あわれな窮余の一策である。私は、とにかく、犬に出逢うと、満面に微笑を湛えて、いささかも害心のないことを示すことにした。夜は、その微笑が見えないかもしれないから、無邪気に童謡を口ずさみ、やさしい人間であることを知らせようと努めた。これらは、多少、効果があったような気がする。犬は私には、いまだ飛びかかってこない。けれどもあくまで油断は禁物である。犬の傍を通る時は、どんなに恐ろしくても、絶対に走ってはならぬ。にこにこ卑しい追従笑いを浮べて、無心そうに首を振り、ゆっくり、ゆっくり、内心、背中に毛虫が十匹這っているような窒息せんばかりの悪寒にやられながらも、ゆっくりゆっくり通るのである。つくづく自身の卑屈がいやになる。