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くじょしょうろく
痀女抄録
矢田 津世子
「改造」1939(昭和14)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 32,578 字 · 65 页
店に客の声がしても気の付くふうもなく、縫い物などに熱中しているとみえる後ろ背の、凝っと丸く俯向いている時がある。そんな折り、母親に呼ばれると、よく、とんちんかんな返辞をして笑われた。長い間の慣わしから、客に冗談を言いかけて笑わせることに変りはなかったが、なんとなくそれも上の空で弾まない。いつものように腰をおろすこともなく客は帰った。
寿女は外へ出ることを億劫がるようになった。つい近所の八百屋へ行くのにも、せいせい息を切らして、駈けるようにして戻って来る。到来物があるたびに、以前は燥ゃぎ立って隣家の加福の家へ自分で裾分けを持って行ったものだったが、この頃は、母親に言われても、何かに仮託けて、つかいに行きたがらない。
母親が起き出られるようになって、どうやら針の手がはこぶようになると、或る日、突然、寿女が二長町の従兄の家へ行くと言い出した。従兄の嫁がお産をして、手不足で困っているという話しが二三日前耳に入っていた。母親は、この唐突さに吃驚したが、寿女は着換えを風呂敷包みにすると、そそくさと家を出た。
従兄は小僧を一人使って、小さな酒屋をいとなんでいたが、ここでも、寿女はせいせい息をきらして、始終立ち働いていた。