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しろいあさ

白い朝

豊島 与志雄

――「正夫の童話」――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,920 字 · 35 页

青空文庫

自動車の動きだす音がすると、駒井さんは廊下をまっすぐ、自分の室にはいって行きました。

茶の間に戻ってきた正夫に、女中が云いました。

「お床は、奥のお座敷にのべておきましたよ。」

正夫はうなずいただけで、立ったまま、煙草をふかしました。

駒井さんは、机によりかかって、泣いています。さきほどから堪え堪えてきた感情が、一時にほとばしって、涙となって出てきたような、泣き方です。

正夫がそっと寄りそって、その背中に手をかけると、駒井さんはいきなり縋りついてきて、また一層泣きだしました。悲しいのでしょうか、嬉しいのでしょうか、どうしたのでしょう。

だが、正夫もいつしか、涙ぐんでいます。

しいんとした夜です。

ちらちら、芝田さんのことが、頭のすみっこにひっかかってきます。正夫は先刻から、妙なことを思いだして、それを考え廻しています。父が鉛筆での走り書きで、「明朗な性格――芝田」という文句です。芝田というのは、芝田理一郎のことにちがいありません。そう交際はなかったようでしたが、遠縁に当るので、互によく識っていた筈です。芝田さんは今でも、たまに、父の噂をすることがあります。