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しらねのふもと
白峰の麓
大下 藤次郎
「みずゑ」1910(明治43)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,238 字 · 45 页
宿から出してくれた凍りがけの茶受には手は出ない。持参の「ココア」を一杯飲んで、湯上りの身体を横たえた時はよい心持だった。
縁に立って西の方を見ると、間近く山が逼って来て、下の方遥かに早川の水が僅かに見える。湯川に架れる釣橋も見える。紅葉はまだ少し早く、崖の下草のみ秋の色を誇っている。裏の窓を明けると、目の下に古湯の建物が見え、その背後に湯川が滝のように落下している。南の方からも水は来て、すぐ窓の下を轟々と音たてて流れている。渓は狭い、信州上高地のように、湯に漬りながら雪の山を見るという贅沢は出来ない、明日は七曲峠の上で白峰を見たいものだと思う。
ここから上湯島へ三十丁、下湯島へ一里、奈良田へは一里半もあるという、郵便は近頃毎日配達されるが、甲府から四日目でなくては着かぬそうだ。
六
その夜は快く眠った。明くれば天長節、満空一点の雲もない好天気だ。裏の滝壺で顔を洗う、握飯を腰にして平林道の峠を上る、幾十折、雑木を抜けると焼畑がある。また林に入る。暑さに苦しみながら十四、五丁も上ると、北の方に忽然雪の山が現われた。白河内岳という白峰連山の一部であるそうだが、この時はやはり名を知らない。