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しらねのふもと

白峰の麓

大下 藤次郎

「みずゑ」1910(明治43)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,238 字 · 45 页

青空文庫

霧の霽れた山はおりおり頂を見せる。足下に流るる水を筆洗に汲んで鼠色の雲を画き浅緑の岩を画く。傅彩画面の半ばにも至らぬころ、ポツリポツリと雨は落ちて来て、手にせるパレットの紅を散らし紫を溶かす、傘をかざしてやや暫くは辛抱したが、いつ歇むとも思えぬ空合に、詮方なく宿に帰った。

この夜、大雨の中を、宿のおかみさんは青柳から帰って来た。このあたりでは、六、七歳位いまでの子供を「ボコ」という、その「ボコ」を二人連れて、七里の山道を、天長節のお祭見物に青柳へ泊りがけで往っていたのだという。女中のお吉さんは、雨のふりしきる中を、一里あまり峠上の飴の茶屋まで出迎にゆき、「ボコ」を負うて帰って来たが辛かったとこぼす。お吉さんはさっぱりとした気性の、よく働く娘で、平林のものだという。おかみさんのお伴に往ったお春という女中も帰って来た。「お祭は面白かったかね」と問うたら「往きにも帰りにも、また青柳でも『ボコ』を背負い詰めで、何の面白いどころかからだが砕けそうだ」とこれも少からず不平をいっていた。

八

晩秋は雨の少い季節だのに、五日になってもまだ降っている。うす暗い座敷で写生を突ついたり書物を見たりして暮らす。