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しらねのふもと
白峰の麓
大下 藤次郎
「みずゑ」1910(明治43)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,238 字 · 45 页
描きたい、描きたいという念は、いっそう深くなった。
白峰を写すには何処がよかろう、十重二十重山は深い。富士のように何処からも見えるというわけにはゆかぬ。地図を調べ人にもきいた。近く見るには西山峠、遠く見るには笹子峠、この二つが一番よいようである。私は五月某日、終に笹子に向った。
初鹿野で汽車を下りて、駅前の哀れな宿屋に二晩泊ったが、折あしく雨が続くのでそこを去った。そしてその夕、甲府を経て右左口にゆく途中で、乱雲の間から北岳の一角を見て胸の透くのを覚えた。
翌日は右左口峠を登りつつ、雲の間から連峰の一部をちらちら見た。峠の上では急いでスケッチもした。女阪峠を上る時も片鱗はいく度も見たが、全形を眺むることは出来なかった。
精進を過ぎ本栖を発足って駿甲の境なる割石峠の辺から白峰が見える。霞たつ暖い日で、山は空と溶け合うて、ややともすればその輪廓を見失うほど、杳かに、そして幽かなものであった。
二
甲州西山は、白峰の前岳で、早川の東、富士川の西に介在せる、五、六千尺の一帯の山脈である。この峠に立ったなら、白峰は指呼の間に見えよう、信州徳本峠から穂高山を見るように、目睫の間にその鮮かな姿に接することが出来ないまでも、日野春から駒ヶ岳に対するほどの眺めはあろう。