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しらねのふもと

白峰の麓

大下 藤次郎

「みずゑ」1910(明治43)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,238 字 · 45 页

青空文庫

空はと見上げれば星一つない。雲の往来も分らぬ、真の闇でそよとの風も吹かぬ夜を、早川の渓音が幽かに、遠く淙々と耳に入る。

薪は太きものが夥しく加えられた、狭きところを押合うように銘々横になる。宗平と宗忠は、私に遠慮して、入口近く一団となって寝ている。枕は「メンパ」であろう。宗忠の持ってきた怪しげな縞毛布が、二人に一枚かけられてある。私は、彼らが手にとって見て、ゾッキ毛糸だと驚いた厚羅紗の外套を着たまま、有合せの蒲団を恐る恐るかけた。枕は写生箱の上に、新しい草鞋、頭が痛いので手袋を載せた、箱が辷って工合がわるい。

いずれも足は囲炉裡の中へ、縮めながらも踏込んだままだ。榾火が消えかかると、誰か起きては薪を加える、パチパチと音して、暫くは白い煙がたつ、パッと燃え上る、驚いて足を引っ込めるが、またいつか灰の中に入って、足袋の先を焦がすのであった。

小屋には牀はない、土の上に莚を敷いたばかりだが、その土は渓の方へ低くなっている。囲炉裡に足を入れていては、勢い頭は低い方に向く、頭の足より低いのは、一体心地のよいものではない。身体は崖の方にズリ下る、ズッてズッてそのまま早川渓へ堕ち込むような気がして、夢はいく度となく破れる。