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しらねのふもと

白峰の麓

大下 藤次郎

「みずゑ」1910(明治43)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,238 字 · 45 页

青空文庫

あいにくの霧は南の空を掩うて、雪の峰は少しも見えない。

一里ほどで栂の林となる、ジメジメと土は濡れて心持がわるい。折々白い霧は麓から巻き上げてきて、幹と幹との間を数丁の隔たりに見せる。峠を越して少し下り道のところで若者に別れ、これからは独りでかなり重い道具を担いでゆく。何処も霧で、数間先もよく見えぬ、心細いこと夥しい。

雨後奇寒のために出来た現象であろう。道端の木々の枝は、珠と連なる雨水が、皆凍って、水晶で飾ったように、極めて美しい。木の葉には、霧は露となり、露は凍って、氷掛けの菓子のようになって、枝にしがみついている。時ならぬ人の気配に驚いてか、山鳥が近くの草叢から飛出す。ハタハタと彼方に音するのは、鳩であろう。山毛欅の大木に絡む藤蔓、それをあなたこなたと跳び走っているのは栗鼠である。

熊笹を分けて一筋道をゆくと、往手に新しい家が見える、飴の茶屋というのはこれであろう。戸は閉されてだれも人はおらぬ。青柳へ下って帰らぬので、冬は大かた里にいるという。

茶屋の前から道は三筋に分れる。池の茶屋へゆくもの、デッチョーの茶屋へ向うもの、他の一つは奈良田へゆくのである。