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はくち

白痴

坂口 安吾

「新潮 第四十三巻第六号」1946(昭和21)年6月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,985 字 · 45 页

青空文庫

そして、元々魂のない肉体が焼けて死ぬだけのことではないか。俺は女を殺しはしない。俺は卑劣で、低俗な男だ。俺にはそれだけの度胸はない。だが、戦争がたぶん女を殺すだろう。その戦争の冷酷な手を女の頭上へ向けるためのちょっとした手掛りだけをつかめばいいのだ。俺は知らない。多分、何かある瞬間が、それを自然に解決しているにすぎないだろう。そして伊沢は空襲をきわめて冷静に待ち構えていた。

★

それは四月十五日であった。

その二日前、十三日に、東京では二度目の夜間大空襲があり、池袋だの巣鴨だの山手方面に被害があったが、たまたまその罹災証明が手にはいったので、伊沢は埼玉へ買出しにでかけ、いくらかの米をリュックに背負って帰って来た。彼が家へ着くと同時に警戒警報が鳴りだした。

次の東京の空襲がこの街のあたりだろうということは焼け残りの地域を考えれば誰にも想像のつくことで、早ければ明日、遅くとも一ヶ月とはかからないこの街の運命の日が近づいている。早ければ明日と考えたのは、これまでの空襲の速度、編隊夜間爆撃の準備期間の間隔が早くて明日ぐらいであったからで、この日がその日になろうとは伊沢は予想していなかった。