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しらふじ

白藤

豊島 与志雄

――近代説話――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,822 字 · 16 页

青空文庫

だが、戦局は日増しに不利で、戦線は次第に本土近くへ押し返されて、心ある者には既に敗色が感ぜられていました。国外へ出征すれば生還を期し難い事態でありました。保治自身も、周囲の人々もそのことを暗黙のうちに了解していました。

そういう中で、一筋の信念に落着き払っているような美代子の眼付きを、保治は感じました。あなたはきっと無事に還ってくる、そう語っている眼付きでした。それに対して、保治は言いました。

「耕一君は白藤を記念に残していったが、僕は何も残してゆかないよ。」

「ええ、どうせまた還ってくるんでしょう。記念なんておかしいわ。」

そう答えて彼女は、暫く黙ってたあとで囁くような調子で言いました。

「わたし一人で、生きてる間に、きっと、あの藤に花を咲かしてみせるわ。」

その、生きてる間にというのが、なんだか変だと、保治は感じましたが、それを口には言えませんでした。

「なあに、どうだっていいさ。僕が還って来たら、大きな藤の木を、花をいっぱいつけるのを、あの側に植えてあげるよ。」

「でも、それまでには、あの木にもきっと花が咲くわ。そしたら、押し花にして送ってあげましょう。