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ひゃくあしちがい

百足ちがい

山本 周五郎

「キング」大日本雄辯會講談社、1950(昭和25)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,491 字 · 56 页

青空文庫

彼の本心としては逃げを打ったのであるが、そんなことではぐらかされる相手ではなかった。膝詰めである、うっかりすれば腋の下を擽りかねない。こういう点にかけては、由来、男は女性の敵ではないのである。というしだいで、又四郎はやがて自分の生立について、みつ枝の満足するまで話さなければならなかった。

彼の父は秋成又左衛門といって、身分は寄合、運上所元締をしていた。又四郎は父が四十歳のとき生れた一人息子である。又左衛門は稀にみる性急な人で、「せかちぼ」という綽名があった。せっかちん坊というのを縮めたものであって、畢竟するに綽名まで縮められるくらいせっかちだったわけで、そのために種々と失敗をやり後悔することが多かった。

――これではいかん、絶対にいかん。

又左衛門は又四郎が生れたときに、その赤児の寝顔を眺めながら考えた。

――伜だけは沈着な人間に育てよう。

気のながい、寧ろぐずなくらいな乳母を捜して与え、五歳になると早速、太虚寺という禅寺へ預けた。といっても坊主にするつもりではない、寺の住持の雪海和尚に養育を頼んだわけである。

和尚はそのとき六十七くらいで、信じられないくらい肥満し、いつも酒の匂いをぷんぷんさせていた。