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やのしのとい

矢押の樋

山本 周五郎

「キング」大日本雄辯會講談社、1941(昭和16)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,468 字 · 29 页

青空文庫

……梶之助は畳の上に懐紙を拡げ、硯箱を引寄せてさらさらと図を描きながら語を続いだ。

「此処に一ヵ所、それから此方に一つ、かなり強く噴出ているようだ」

「そうかも知れませぬ、一の濠から四の濠まで、例年より水位は多少低くなっても、あれだけの水量が絶えぬところを見ますと、……噴口から出る量は相当でございましょう」

「それで樋口を此処へ附け、馬場の上から斯う畷手へ引いて来るとして、樋作りの木は直ぐに集ろうか」

「急場のことで木さえ選みませんければ、わたくし共へ貯えてあるだけでもどうやら間に合おうかと存じまするが。……然し矢押さま」幸兵衛はふと眼をあげて云った、「今になって斯様なことを申上げるのは如何かと存じますが、この樋掛けは本当にお上からお許しが出るとお思いでございますか」

「出る、お許しは必ず出る」

「お城というものは、石垣の石一つ動かすにもむつかしい掟があると伺いますが、この樋掛けは大切なお濠を干すのも同様。わたくしにはどうもお許しは出まいと考えられてなりません」

「それは是までも繰返して申した通り、必ず拙者が引受ける、大丈夫お許しは出る。……だから幸兵衛どのは出来るだけ早く樋作りを始めて貰いたいのだ」