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ちちぶきこう
知々夫紀行
幸田 露伴
「太陽」博文館、1899(明治32)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,784 字 · 31 页
大滝というも贄川というも、水の流れ烈しきより呼び出せる名にて、仮名は違えど贄川は沸川ならんこと疑いなし。いよいよ雲採、白石、妙法の三峰のふもとに来にけりと思いつつ勇み進むに、十八、九間もあるべき橋の折れ曲りて此方より彼方にわたれるが、その幅わずか三尺ばかりにして、しかも処々腐ちたれば、脚の下の荒川の水の青み渡りて流るるを見るにつけ、さすがに胸つぶれて心易からず、渡りわずらうばかりなり。むかしは独木橋なりしといえばその怖ろしさいうばかりなかりしならん。
ようやくにして渡り終れば大華表ありて、華表のあなたは幾百年も経たりとおぼゆる老樹の杉の、幾本となく蔭暗きまで茂り合いたり。これより神の御山なりと思う心に、日の光だに漏らぬ樹蔭の涼しささえ打添わりて、おのずから身も引きしまるようにおぼゆ。山は麓より巓まで、ひた上り五十二町にして、一町ごとに町数を勒せる標石あり。路はすべて杉の立樹の蔭につき、繞りりて上りはすれど、下りということ更になし。三十九町目あたりに到れば、山急に開けて眼の下に今朝より歩み来しあたりを望む。日も暮るるに近き頃、辛くして頂に至りしが、雲霧大に起りて海の如くになり、鳥居にかかれる大なる額の三峰山という文字も朧気ならでは見えわかず、袖も袂も打湿りて絞るばかりになりたり。