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いそべのわかば
磯部の若葉
岡本 綺堂
「木太刀」1916(大正5)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,709 字 · 8 页
かの若い僧が供えたのではあるまいか。私は僧を訪わずに帰ったが、彼の居間らしい所には障子が閉じられて、低い四つ目垣の裾に芍薬が紅く咲いていた。
旅館の門を出て右の小道を這入ると、丸い石を列べた七、八級の石段がある。登降はあまり便利でない。それを登り尽した丘の上に、大きい薬師堂は東に向って立っていて、紅白の長い紐を垂れた鰐口が懸っている。木連格子の前には奉納の絵馬も沢山に懸っている。めの字を書いた額も見える。千社札も貼ってある。右には桜若葉の小高い崖をめぐらしているが、境内はさのみ広くもないので、堂の前の一段低いところにある家々の軒は、すぐ眼の下に連なって見える。私は時々にここへ散歩に行ったが、いつも朝が早いので、参詣らしい人の影を認めたことはなかった。
それでもたった一度若い娘が拝んでいるのを見たことがある。娘は十七、八らしい、髪は油気の薄い銀杏返しに結って、紺飛白の単衣に紅い帯を締めていた。その風体はこの丘の下にある鉱泉会社のサイダー製造に通っている女工らしく思われた。色は少し黒いが容貌は決して醜い方ではなかった。娘は湿れた番傘を小脇に抱えたままで、堂の前に久しく跪いていた。