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しゃかいじひょう

社会時評

戸坂 潤

「文藝春秋」1933(昭和8年)年6月~1937(昭和12)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,408 字 · 380 页

青空文庫

世間の人達は仲々皮肉に出る。こうした復興の欠陥の非を打ち鳴らす代りに、為政者に対する面あてとして、直接罹災者の人間自身に同情の涙をそそぐのである。上は富豪・新聞社・諸団体から、下は一介の匹夫匹婦に到るまで、金銭や物資による救助を惜まない。して見ると生活自身の復興は、専ら社会の麗わしい隣人愛に放任されている訳だ。無論こう云っても、同情は確かに道徳的だ。

最後に、同情に就いての一つのエピソードを読者は思い起すだろう。パパママ論で、男を挙げた松田文相は、モダーン生活や小市民生活に対しては極めて同情能力の乏しい人のようであるが、丁度×××や×××型の「豪傑」が常にセンチメンタルであるように、涙脆いという意味では、仲々同情に富んでいる人のようである。京阪地方の風水害罹災学校を視察しながら、手ずから負傷した児童をいたわってやったり何かしていた文相は、児童への同情が昂じた余り、四十一名もの災死児童を出した京都西陣小学校で、児童を横のコンクリートの建物の中に避難させなかったのは明らかに校長の失態だ、と繰り返し断言したというのである。それから災死児童の父兄に就いては、暴風警報が出ている朝に子供を登校させる親は馬鹿者だ、と放言したというのである。