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しゃかいじひょう

社会時評

戸坂 潤

「文藝春秋」1933(昭和8年)年6月~1937(昭和12)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,408 字 · 380 页

青空文庫

中等学校を新しく沢山造ることだろう。之なら問題は一応綺麗に解決するだろう。だがそれでもやがて又例の入学志願者偏在が始まるに相違ない。全受験者即ち全入学者の内に優良児と中以下の子供との間の大きな開きがある以上、或る学校には比較的優良な子供だけが入学するという可能性が、段々著しくなるというのが、ブルジョア自由社会の例の自然法則だったのである。

世間の人は入学試験準備の弊を試験施行者である中等学校教育家の罪に帰したり、或いは試験準備施行者である小学校教員の責任に帰したりする。だが色々の部分的現象に就いてはとに角とし原則としては夫は全く当っていないのだ。又之を母親や父親の見栄や流行かぶれに帰するのも何等の解決ではないのである。子供の父兄は一定の已むを得ない理由なしに、単に見栄をしたり流行を追ったりするのではない、それにはすでに述べたようなもっと実質的な根拠があったのだ。

だが次のような意味では、試験地獄の弊が家庭の親達の「責任」問題になるということを見逃してはならない。一体受験地獄という言葉は、受験者当人である子供達の気持ちから出た言葉だというよりも、寧ろ自分で子供に試験準備をさせている当の親達の意識から出た言葉なのである。