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しゅくはい

祝盃

菊池 寛

「電氣と文藝」1920(大正9)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,843 字 · 6 页

青空文庫

「文学に志したのだから、せめて翻訳でもして、文名を成したい。」

そんな謙虚な事を考えていた啓吉は今では、思いがけなくも新進作家として、相当な位置を占めている。久野などは啓吉よりも、更に一年も早く文壇に出てしまっている。

久野も啓吉も黙って歩いていた。五六年前には、何の相違もなかった三人の間に、今では社会的には、ハッキリとした区劃が付いている。

久野敏雄といえば、文学好きの青年は、大抵名前だけは知っている。が、青木好男といっても、誰が知っているだろう。五六年前は、同窓の間では、敬意と、かすかではあるが、驚異とを以て、呼ばれたその名前が、今では何人も知らない平凡な普通人の名前になってしまっている。

「僕ね。今度台湾の方へ行くようになったのだよ。総督府に調査部というのがあってね。そこへ行くことになったんだ。」

三人の沈黙を破るように、青木は昔ながらの、美しい沈んだ声でいった。

「そうか。それは結構だね。」と、久野も啓吉も同時にいった。が、二人ともそれについて、何の意味もなかった。思索家として、優れた芽を持っていそうに見えた青木が、調査部とか何とかいう雑務に従事するということが、久野や啓吉の心を暗くした。