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かぐらざか

神楽坂

矢田 津世子

「人民文庫」1936(昭和11)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,611 字 · 40 页

青空文庫

やがて、うねりが止んで、針に刺されたままの黒い体が高く頭をもたげて反りかえった。

四

秋風が肌に沁みるようになってきた。

袋町のお初の家へ馬淵の爺さんはここ数日姿をみせない。内儀さんが余程悪いのだろう、と母娘のものは話しあっている。早くまあ仏様のお仲間いりをしてくれればいいに、とおっ母さんはこっそりと独り言を云うて仏壇へお燈明をあげる時も内儀さんがもう仏様にでもなったつもりでお念仏を唱えている。

お初は内儀さんが悪いときいてからは妙に気が落付かない。その寿命を縮めているのが自分のような気がしてならないのだ。あとで報いがこなければいいが、と今から怖気ている。内儀さんの片付くのを待つ気もちのおっ母さんは、母娘のものが馬淵の家へ乗りこむその日を嬉しそうに話しているけれど、これがお初には一向に面白くない。あんな爺さんは旦那だから我慢をしているものの御亭主にしたいなどとは爪の垢程も思っちゃいない。――お初は爺さんの内儀さんになった自分を考えるだけでもみじめな気がする。ただ、おっ母さんのいかにも嬉しそうな落付きのない様子をみていると、お初は自分も嬉しそうにしていなければ済まないと思うて笑顔になる。