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しんけい

神経

織田 作之助

「文明 春季号」1946(昭和21)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,754 字 · 28 页

青空文庫

そして十年後の今日に到るも、なお犯人は見つからず、恐らく永久に迷宮に入ったままであろう。

宿屋の女将にいわせると、所持金ももう乏しくなっていたらしく、身なりもよれよれの銘仙にちょこんと人絹の帯を結んだだけだというし、窃盗が目的でなく、また込み入った情事があったとも思えない。レヴュ小屋通いをしているところを、不良少年に目をつけられ、ひきずり廻されたあげく、暴行され、発覚をおそれて殺されたのであろう。

「うちにもチョイチョイ来てましたぜ。いや、たしかにあの娘はんだす」

事件が新聞に出た当時、「花屋」という喫茶店の主人はそう私に言った。

「花屋」は千日前の弥生座の筋向いにある小綺麗な喫茶店だった。「花屋」の隣は「浪花湯」という銭湯である。「浪花湯」は東京式流しがあり、電気風呂がある。その頃日本橋筋二丁目の姉の家に寄宿していた私は、毎日この銭湯へ出掛けていたが、帰りにはいつも「花屋」へ立ち寄って、珈琲を飲んだ。「花屋」は夜中の二時過ぎまで店をあけていたので、夜更かしの好きな私には便利な店だった。それに筋向いの弥生座はピエルボイズ専門のレヴュ小屋で、小屋がハネると、レヴュガールがどやどやとはいって来るし、大阪劇場もつい鼻の先故、松竹歌劇の女優たちもファンと一緒にオムライスやトンカツを食べに来る。