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こうせんぜんじのことども

禅堂生活

鈴木 大拙

鈴木大拙『禅堂生活』。同一底本的分册已合并为一书。收入:洪川禅師のことども、釈宗演師を語る、僧堂教育論、楞迦窟老大師の一年忌に当りて、鹿山庵居。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,634 字 · 57 页

青空文庫

僧堂教育はこれを直ちに品性修養の上に実習するのである。「一日不作一日不食」というた百丈の精神は経済的であったか、今日の所謂る共産主義者の心持であったかどうか、それはわからぬとしても、日日の作務普請によりて、禅の力を実地の上に鍛錬することは、禅堂の特色である。大衆が自営主義を実行するのは貧乏のためだけではない、この貧乏で一物不将来の所が又有り難いのであるが、とに角経済の上には托鉢をやり田作りをやり薪拾いをやらねばならぬ。それをやる所に空想妄想の発生を自ら防ぐ途が開けて来る。そうしてその中から水を汲み柴を搬ぶ即ち是れ神通妙用という智慧が湧き出る。かくの如くにして湧き出たものでないと、所謂る学校の卒業生のようで煩悶とかいうものに囚われて仕舞う。何だか理窟はいうても、手や足が言うことを聞かぬ。覚えた理窟は概念で抽象性を帯びているから具体の実地界へ来るとまごつかざるを得ぬ。これを禅坊さんの如何にも甲斐々々しいのに比べると話にならぬ。実地の訓練をへぬと物にならぬ。日本近時の学校教育が形式にばかりなって働きがないのは、つまり僧堂教育の精神がかけているからである。