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こうせんぜんじのことども
禅堂生活
鈴木 大拙
鈴木大拙『禅堂生活』。同一底本的分册已合并为一书。收入:洪川禅師のことども、釈宗演師を語る、僧堂教育論、楞迦窟老大師の一年忌に当りて、鹿山庵居。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,634 字 · 57 页
僧堂卒業の人が皆こうなるではなかろうが、何分の一かがかくの如くなって行けば、十年五十年の後、可なりの人類が日本に出来るようになるに相違ない。
封建時代の僧堂を出た人は、在堂の間に色々の事を修得した、単に労作的の事だけでなく、趣味的文化的修養さえもやった。詩文の一つも出来るのみならず、坐作進退などの諸儀式も習った。刀のぬきかた、槍の使い方さえも心得る、その外随分さまざまの芸をやった。昔しの坊様は社会的に有用家人であった、人を教うる資格があった。今日は封建の時代と違い、吾々の理想は遥かに広く高くなった。従ってそれに相応した実地の教育が僧堂に行われてもよいと思う。近頃一燈園の評判が高い、善悪の批評はあるが、又一種の試みである。とに角、これに入り来るものが相当にある処を見ると、ある種の希望を満足させるものと見ねばならぬ。奉仕のあとが近代的でなく、又如何にも消極的で、退嬰主義のところがあるのは、まったく欠点であるというて可い。
禅宗の坊さんが只冥想にのみ耽けらずに勤労に服すると云う教育はどこまでも保存しなくてはならぬ。百丈が「一日作さざれば」の精神を、経済的にだけでなく、寧ろ宗教的に解して、これを禅堂の根本主義に、いつまでも、しておきたいものである。