轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
わたしがちょうさくりんをころした
私が張作霖を殺した
河本 大作
「文藝春秋」文藝春秋、1954(昭和29)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,564 字 · 18 页
関東軍は、万一のことがあれば、腹背に敵を受けねばならない。奉天はまだ好いとしても、全満に瀰漫した排日は、事あった際は、燎原の火のごとく燃えさかり、排日軍は一斉に蜂起するであろうことも予想しなければならない。また一度、奉天で我軍と、その敗残兵との間に干戈を交えんか、惧るべき市街戦となって、奉天在住の日本人はどんな目に遭うかわからない。すでに排日は奉天城内では言語に絶し、邦人小学生の通学などは、危険で出来ないという状況、奉天在留の邦人達は、関東軍を唯一の頼みとしていたが、拱手傍観の態度などで少なからず失望するというよりは、むしろこれを怨んだ。
かかる奉天軍の排日は、もっぱら張作霖らの意図に出たところで、真に民衆が日本を敵とするという底のものではない。ただ、欧米に依存して日本の力を駆逐して、自己一個の軍閥的勢力の伸張を計り、私腹を肥やさんとするのみで、真に東洋永遠の平和を計るというふうな信念に基いていないことは明らかであった。一人の張作霖が倒れれば、あとの奉天派諸将といわれるものは、バラバラになる。今日までは、張作霖一個によって、満洲に君臨させれば、治安が保たれると信じたのが間違いである。