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わたしのあったゴーリキイ

私の会ったゴーリキイ

宮本 百合子

「文学案内」1936(昭和11)年8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,457 字 · 11 页

青空文庫

生れつき屈辱に対して敏感であり、人間生活の明るさ美しさをもとめていた若いゴーリキイが現実生活の中で日夜自分の周囲にみるのは当時のロシアの民衆がおかれていた無智と泥酔と、おびただしい才能の浪費とであった。

彼はそれらのものとその性根において妥協することが出来なかった。また或る種の人々のように工合よく屈辱に自分を馴らすために物わかりのよい人間に自分を作りなおすことも出来なかった。さりとて当時の若いゴーリキイには一人の青年としてすぐ周囲の環境を変更するだけの力のなかったことは当然である。高まろうとする心、よりよい生活に向おうとする情熱は、それかといって眠らされてはいない。

そこでゴーリキイは自分の描く作品の中に、いろいろな人物の性格の中に、苦痛でおしまげられず日常の狭苦しい平安のためにあくせくすることを軽蔑する心、人類に約束されている偉大なことに憧れる心持ちを歌ったのであった。

ゴーリキイのロマンティシズムというものはその社会的な発生において、以上のような性質をもっていた。ゴーリキイは後年自分のその時代の作品及び創作の態度を追懐して、

「あの時分、私はこの堪えがたい人生の苦痛について、せめてそれを輝かしい調子でもの語ろうとした。