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わたしのみただいがく

私の見た大学

戸坂 潤

「三田新聞 第三七〇号」1937(昭和12)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,841 字 · 4 页

青空文庫

ばかりでなくそれ以上に出ることをアカデミシャンは色々の言いがかりでみずから禁止しているのだ。思想の文化技術的獲得に就いては、今日の大学の機能はほとんど全く無力であることを私は忘れることができない。生きた史的認識の代りに思想的定位のないただのフィロロギー、時局認識の代りに思想目標のないただのカテゴリー分析、之が今日の大学アカデミー機能の精々の仕事である。今やジャーナリストや文士には多少の思想はあっても思想を整理し進展させる文化的技術がない。処が又大学アカデミーは、文化的技術は有っていても使い途が明らかになっていないから、盲目的なテクニシャンしか産まない。研究室の若い学生達がそのいい例だ。――だが之を裏から言えば、半分アカデミシャンで半分ジャーナリストである私の書く大学論は、実は痛し痒しの態なのである。