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わたしはだれ?

私は誰?

坂口 安吾

「新生 第三巻第二号」1947(昭和22)年3月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,584 字 · 14 页

青空文庫

読む方の人が、そんなところに文学がころがっていると思ったら大変、文学は常に考えられることにより、そして書かれることによって、生れてくるものなのだから。

座談会は読物的、随筆的、漫談的であるべきもの、尤も、他の職業の人達の座談会のことは私は知らない。

★

文士が深刻そうな顔をしなければならないのは書斎の中だけで、仕事場をはなれたときは、あたりまえの人間であるのが当りまえ。

それに第一、深刻などゝいうのは、本人の気の持ちようにすぎないので、文学は文学それ自体である以外に、何ものでもない。

サイカイモクヨクしたり、端坐して書かねばならぬ性質のものでもなく、アグラをかいたり、ねころんで書いたり、要するに、良く書くことだけが全部で、近ごろのように、炭もストーブもない冬どきでは、ねどこにもぐりこんで書く以外に手がなかろう。それを、寒気にめげず端坐して書いて深刻などゝは、大馬鹿、大嘘の話である。

文学などゝいうものは大いに俗悪な仕事である。人間自体が俗悪だからで、その人間を専一に扱い狙うのだから、俗悪にきまっている。

面白いものを書こう、とか、大いに受けたい、とか、それでよろしいではないか。