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わたしはいんきょではない
私は隠居ではない
吉田 茂
「文藝春秋」文藝春秋新社、1962(昭和37)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,313 字 · 13 页
ああいう回顧録も何んでも云えなくっちゃあ意味がないんでね。一つには、あの頃、牧野に何か収入の途を図ってやろうという親切な方の考えもあってのことと思いますがね。ところがどっこい、こっちは金があり余っているんでね。呵々。
養父の吉田は昔、今もあるジャーディン・マジソン(英国の貿易商)の番頭をしていたんです。その頃横浜居留地の一号地にあって、英壹番と云われていた奴でね。幕末に伊藤博文・井上馨が密かにヨーロッパに渡航するなんて時にはここが面倒を見たんです。そのくらい古い会社でね。横浜の支店創立百年に当るというので、先年そこの当主が日本にやって来て、盛大なお祝いがありましたよ。その時、私も招ばれましたがね。
「私の養父は、一世紀前には貴社の傭人であった」と今の社長に云ったんですがね。その社長は祝宴の席で私を皆に紹介して、
「ミスター・ヨシダの御先代は、当商会と密接なる関係を有せられた方で……」
と云いましたよ。社交性が身に着いているというか、実に人をそらさないところがありますよ。
この吉田の父が辞める時に、退職金に千両くれたんだそうです。その頃の千両といえば大変なもんでしょうからね。