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しほんたいへいき

私本太平記(三)

吉川 英治

吉川英治『私本太平記(三)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:私本太平記、私本太平記。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 222,108 字 · 446 页

青空文庫

「…………」

高氏は、道誉の列が、闇と一つになるまで見送ってから、いちどは元の床几場の幕へ向って歩き出していた。が急にまた、道の真ん中へもどって、

「おいっ、馬を貸せ」

と、並木の向うにいた部下の一将をさしまねいた。

「ご乗馬ですか。ただいま」

その者が、高氏の駒を曳きに駈け出そうとすると、高氏は、

「その馬でいい。そちの馬をちょっと借りるぞ」

とばかり、はや道誉のあとを追っかけていた。

彼は道誉と、このまま別れるに忍びなかった。型のごとき礼と、型のごとき陣前の言などは、何ら人間同士の出合いでもなし別れでもない。

たった今、柳斎の右馬介から、自分だけは、遷幸の途中にあたる中国路方面のけわしい情勢を聞きえている。

ひょっとしたら、道誉は、こんどの警衛の途中で、討死の厄にあうかもしれぬ。よし万死に一生をえても、彼の一大厄難はまぬがれ得まい。

「惜しい! あれ程な男を、むざと見殺しにするのは」

と、俄に彼は、目さきの小を捨てて、未来の大をつかみにかかっていたものだった。

「や。高氏の声らしいが」

道誉は馬をとめて待った。不審にたえぬかのような姿である。なんで高氏があとを追っかけて来たのか? と。