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しほんたいへいき

私本太平記(三)

吉川 英治

吉川英治『私本太平記(三)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:私本太平記、私本太平記。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 222,108 字 · 446 页

青空文庫

その轍を踏んではと、危ぶむものもあったが、公綱は一笑にふした。

「楠木の小細工など、公綱に何するものぞ。臆病者は知らず、勇者には、大河も背水ノ陣になる」

でも、菟我野から天王寺のあいだでは、物見隊を先にめんみつな偵察をしながら進んだ。そして、やがてのこと、

「はははは。臆病風は急に、楠木勢へ風向きをかえてたらしい」

天王寺前に立ったとき、公綱は大いに笑った。

なるほど、ひろい地域は寂としたものだ。すぐ境内の検分に入って行く。およそ兵馬が駐屯したあとは乱脈なものだが、地に鳥影が映るほど、いちめん、きれいに清掃されてある。

のみならず、金堂の深くから、今日も大般若経の転読の声がながれていた……。公綱はあやしみながら、秋ノ坊から別当職の者を呼び出して、

「つつみ隠すな」

と、まず脅しつけ、

「ここにいた楠木について、知るかぎりのことを申せ」

と、詰問した。

寺僧は答える。――寺は一切、戦に介入いたしません。楠木殿へも同様な扱いです。ただ御退却のさい、渡辺橋にて戦歿した敵味方のための供養の布施にと、芳志のご寄進がありましたので、七日間の大般若経転読をいとなみ、今日も主座以下、勤行の最中にござりまする――と。