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しほんたいへいき

私本太平記(四)

吉川 英治

吉川英治『私本太平記(四)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:私本太平記、私本太平記。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 229,324 字 · 458 页

青空文庫

いた。のべつ山上か山腹かには何かの煙が立ち迷い、西坂、猿坂などの泥土が敵味方の血のぬかるみとならない日はない。

「信濃坊」

長年がよんでいた。

折りえぼしに、卯ノ花おどしの、背のたかいその姿を、信濃坊源盛は遠くからふりむいて。

「おう兄者ですか。何ぞ?」

「どこへ行く」

「西坂が危ないそうですから」

「案じるな。鬼五郎助高、鳥屋彦七らに、山上の兵を引ッ下げさせて、さっそく助勢にやってある」

「でも若い者まかせでは」

「いや若いのにまかせておけ。それよりも、もっと大策を講じておきたい」

帝を背負って、ここへよじ登った夜から早や半月余だ。行宮の朝夕もまずはととのい、防禦もほぼ万全といっていい。なによりは船上山そのものが天与の地の利であったとおもう。

二人は黙然と三所権現の杉木立をうしろに腰をおろした。帝の御所は、はるか奥の院のほうである。衛士の役はすべて、信濃坊源盛の手であつめられた大山の僧兵があたっていた。

「源盛、これを見てくれ」

兄長年が、よろいの袖から取り出して見せた一書状を手に。

「や、永観入道の筆ですな。……あの頑なな入道どの。降伏でもすすめて来たのですか」