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しほんたいへいき
私本太平記(四)
吉川 英治
吉川英治『私本太平記(四)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:私本太平記、私本太平記。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 229,324 字 · 458 页
もう遠い以前だが、足利ノ庄にいたじぶん、姉の使いで、隣国の新田義貞のもとへゆき、その晩、義貞にせまられて、恐ろしい桜吹雪のやみを跣足で逃げ走ったことなども――かつてまだ子の覚一にはおくびにも話してはないのである。
藤夜叉の手紙とても、決して男の名とか、佐々木道誉への恨みなどを、あらわに書いているのではなかったが、女の秘密といい、心身のくるしみと言ってあれば、もうそれだけで、尼の身の彼女にも、或る察しと、思いやりはつくのであった。
「そして? ……」覚一はなお訊きほじって。「お母あさんは一体、どういうご返事を藤夜叉さんへ書いたんですか」
「いつの世でも、女の道はけわしいもの、と」
「それはお母あさんの、ご自分の身の上も言っているのでしょ」
「そうなの。私には、おまえというものがあるので、どんなむごい月日に会っても、これきりだの、もう駄目だのと思ったことはありません。……おなじことは、藤夜叉さんにもいえるでしょう。あのお方も親一人子一人のようなものですからね」
「それに、高氏さまというお方も、いらっしゃる」
「でも、いろんなご事情から、高氏さまはまだ、不知哉丸さまとは、ご父子のご対面もなされていないし、藤夜叉さんも日蔭のひとでしかないんですよ」