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あきふかき

秋深き

織田 作之助

「大阪文学」1942(昭和17)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,176 字 · 27 页

青空文庫

それにしても、この客引きのいる宿屋は随分さびれて、今夜もあぶれていたに違いあるまいと思った。あとでこの温泉には宿屋はたった一軒しかないことを知った。

右肩下りの背中のあとについて、谷ぞいの小径を歩きだした。

しかし、ものの二十間も行かぬうちに、案内すると見せかけた客引きは、押していた自転車に飛び乗って、

「失礼しやして、お先にやらしていただきやんす。お部屋の用意をしてお待ち申しておりやんすによって、どうぞごゆるりお越し下されやんせッ」

あっという間に、闇の中へ走りだしてしまった。

私はことの意外におどろいた。

「あ、ちょっと……。宿はどこですか。どの道を行くんですか。ここ真っ直ぐ行けばいいんですか。宿はすぐ分りますか」

「へえ、へえ、すぐわかりますでやんす。真っ直ぐお出でになって、橋を渡って下されやんしたら、灯が見えますでござりやんす」

客引きは振り向いて言った。自転車につけた提灯のあかりがはげしく揺れ、そして急に小さくなってしまった。

暗がりのなかへひとり取り残されて、私はひどく心細くなった。汽車の時間を勘ちがいして、そんな真夜なかに着いたことといい、客引きの腑に落ちかねる振舞いといい、妙に勝手の違う感じがじりじりと来て、頭のなかが痒ゆくなった。