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あきくさのみ
秋草の顆
佐左木 俊郎
「今日の文学」1931(昭和6)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,856 字 · 8 页
というような質問をしないらしかった。それが、峻の遅い時に限って、貞子もまた遅く帰って来るらしいのに、妻は気がついていたのかどうか、それに就いてはなんの一言も訊かずにいるらしかった。
*
初秋の晩、私は一人だったので、玄関に鍵をかけて置いた。峻も貞子もまだ帰っては来なかった。私はそして「峻と貞子は一体どこを歩いているのだろう?」というようなことをぼんやりと考えていた。九時が過ぎてから、何方かが玄関をがちゃがちゃと揺す振った。やがて「誰か開けて頂戴よ」という貞子の声がしたので、私は立って行って扉をあけてやったのであるが、むろん「どこを歩いていたんだね?」などとは訊かなかった。ただ、私は貞子の靴先を見ただけである。貞子の靴先は、夜露のためしっとりと濡れていた。そしてその上に、細かな褐色の秋草の顆がいっぱいについていた。初秋の高原地帯の草原の中を歩くと、屹度くっついて来る顆である。私はそしてすぐ自分の書斎に帰った。峻はそれから一時間ほどして帰って来た。これは一晩中夜露に濡れて立っていようと、決して「誰かあけてくれ」と声をかけることの出来る青年ではない。