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かがくとぶんがく

科学と文学

寺田 寅彦

「世界文学講座」1933(昭和8)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,562 字 · 50 页

青空文庫

甲某は何も発表しないがしかしたいそうなえらい学者であるというようなうわさはやはり幽霊のようなものである。万人の吟味と批判に堪えうるか堪え得ないかを決する前には、万人の読みうる形を与えなければならないことはもちろんである。

科学的論文を書く人が虚心でそうして正直である限りだれでも経験するであろうことは、研究の結果をちゃんと書き上げみがきあげてしまわなければその研究が完結したとは言われない、ということである。実際書いてみるまではほとんど完備したつもりでいるのが、さていよいよ書きだしてみると、書くまでは気のつかないでいた手ぬかりや欠陥がはっきり目について来る。そうして、その不備の点を補うためにさらに補助的研究を遂行しなければならないようになることもしばしばあるのである。それからまた、頭の中で考えただけでは充分につじつまが合ったつもりでいた推論などが、歴然と目の前の文章となって客観されてみると存外疑わしいものに見えて来て、もう一ぺん初めからよく考え直してみなければならないようなことになる。そういう場合も決してまれではないのである。それで自分の書いたものを、改めて自分が読者の立場になって批判し、読者の起こしうべきあらゆる疑問を予想してこれに答えなければならないのである。