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かがくほうほうろん
科学方法論
戸坂 潤
「科学方法論」岩波書店、1929(昭和4)年6月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,035 字 · 284 页
妥当と存在との区別に頼る或る人々に対しては次のように説明しよう。吾々の存在概念は、妥当と存在との区別を何故その人達が理論として掲げるに至ったか、という丁度そのことを説明する筈の概念であると。存在を一般に主観的であるとか客観的であるとか呼ぶのは無意味である。元来吾々はどこからそのような主客の対立を持ち出して来たのであるか。それが直接であるからか。併し直接なものは主客対立を好む人々にとって、寧ろ主客の統一・総合・同一ではなかったか。併し又主観も客観も直接でないならば、両者の対立を予想した上でその合致を語ることは、益々直接ではない筈である。之を尚直接と考えようとすれば、主客の対立従ってその合致という課題が、直接性にとっては全く見当違いな出発であったことに気付くのでなければならない。もし之に気づきながらなお且つ主客合一の直接性を語るならば、吾々はその言葉を言葉通りに取る義務はない筈になる。そこで主客合一という黒き白は直接性の追求に容喙する権利を持ち合わせていなかったことが顕らかになったであろう。まして主観と客観との一つ一つは愈々そうである。次に存在は存在する処の或るもの――実体・本体――を意味するのではない。