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かがくろん

科学論

戸坂 潤

「唯物論全書 第一巻」三笠書房、1935(昭和10)年10月18日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 142,817 字 · 278 页

青空文庫

之に反して弁証法的論理による因果必然性とは、寧ろこうした偶然性乃至可能性を一貫することによってしか実現しない処の、必然性のことだった。この例でも判るように、範疇組織のこの対立、形式論理と弁証法、機械論と弁証法との対立は、之を哲学的に換算すれば、結局観念論と唯物論との、思想上の、イデオロギー上の、対立に他ならない。形式論理や機械論は形而上学と呼ばれるが、夫は観念論の最も一般的な規定の一つであるし、弁証法は唯物論に帰着しなければならないのが哲学史の教える処だ(ヘーゲルからマルクスへ)。そして更に、思想上の、イデオロギー上の、この対立は、直ちにブルジョアとプロレタリアとの社会階級的対立に帰属させられていることを見るなら、科学の実在模写の論理や認識構成の方法に於ける論理が、如何に社会の階級対立に照応していたか、ということが判る筈だ。

すでに生産関係の階級的対立に包摂されることによって、技術乃至技術学を初めとして一切の社会規定が階級的対立に準拠する所以を見た。こうしたものが自然科学を制約するのであったから、社会による自然科学の例の被制約性は、実はその階級性と呼ばれるべきものだったが、処がそれが今ここに、その論理的な対応物・等価物を見出したわけである。