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かがくろん
科学論
戸坂 潤
「唯物論全書 第一巻」三笠書房、1935(昭和10)年10月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 142,817 字 · 278 页
夫は今論外としよう。物と心との間に原因結果の関係があると考えていいか悪いかより先に、一体物というものが客観的に存在するということを許すことが、後々のカントの立場とどう折り合えるかが、興味のある問題なのである。
カントは云っている、物があるということを吾々は承認せざるを得ない、だが物が如何にあるか、その物が何であるかは、吾々が絶対に知り得ない処だ。物はある、だが物の本性、物そのもの、物自体については、全く知ることが出来ない。知り得るものは物そのものではなくて物が吾々に対して現われた現象、吾々に取ってそう見える限りの物、でしかない、というのである。
結局物はそのものとしては知ることが出来ない。では、とカント批判者は云うのである、何故知り得ない物なるものを想定することが出来たか、又その必要がどこにあったか。物そのものが知り得ないということは、物そのものという観念がこの哲学体系にとって無用であり又有害であることを示すものに他ならない。物自体の観念はカント哲学の一貫した立場から清算消去されるべきものであり、それの代りに「対象X」でもいい、「ノウメナ」でもいい、又は「認識の限界」