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しんのしゅっぱつ
秦の出発
豊島 与志雄
「文芸」1945(昭和20)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,532 字 · 29 页
、第4水準2-92-68)との三種になっている。丹永はまたふしぎにこれが好きで、他に食事をとらなくてもこれだけで過す日もあるとかいう。自慢ほどあって味もよく舌ざわりもよい。ウォートカを飲みすぎたあと、この甘っぽい饅頭は殊にうまかった。それは腹をふくらすと共に、アルコール分を落着かせ、話題を少くさした。
そのところへ、意外にも、柳丹永が出て来たのである。私のつもりでは、饅頭が主で、見舞は従であり、しかも、どうせ丹永の室に行けるわけではなく、見舞の言葉だけを置いて帰るつもりだった。それが、先方から出て来たのだ。
寝間着の上にはおったらしい紫ビロードのガウン姿、それでいて細そりと見え、唐草地模様の桃色のネッカチーフを、黒髪の上からすっぽりと※(「臣+頁」、第4水準2-92-25)へ結んでいる。その絹布からのぞいてる彼女の顔を、私は思わず視つめた。血の気が引いたような白い薄い皮膚の下、緊張した肉に殆んど何等の動きも表情もない。生理的な営みが瞬時に停止して而もなお生きているとするならば、恐らくこういう顔になるだろう。そのなかで、ごく緩やかな動きしかなさない黒目の一点にぽつりと光を浮べ、薄い唇のはじに犬歯の先端が白くほの見えている。