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ちちぶのおもいで
秩父のおもいで
木暮 理太郎
「霧藻」1928(昭和3)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,234 字 · 7 页
木曾の御岳でも駒ヶ岳でも、絶えずささやかな、それでいて直ぐ心の平衡の破れるような、不安に襲われていたことを覚えている。それであるのに金峰山の頂上では、岩に登ったり草に寝ころんだりして、ゆったりした気持で、ぼんやり空を眺めている自分を見出したのである。これは又何たる相違であろう。斯くて始めて私は山の威圧というものをしみじみと感得した。山が大きければ大きい程威圧も強いのであろう。そして金峰山こそはその当時の私にとって最もふさわしい山であったに違いなかった。山を味うことを教えて呉れた山、懐かしい金峰山、これが秩父の山から最初に受けた私の忘れ難い印象である。
しかしまだ私は後になって秩父の誇るべき特色の一であると信ずるに至った深林に対して、何等の知る所がなかった。それは深林を見なかったことを意味するのではない。見ない所か、金峰山の椈や米栂の美林、今ではもう昔の面影をしのぶたよりさえない川端下や梓山の戦場ヶ原の唐松林、十文字峠途上の昼尚お暗い針葉闊葉の見事な林、皆其中を歩いた許りでなく、白妙岩の上からは、赤沢のもくもくと盛り上った闊葉樹林の緑の波を脚下に俯瞰したのであった。