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あな

穴

黒島 伝治

1928(昭和3)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,328 字 · 23 页

青空文庫

あとから来た通訳が朝鮮語で何か云った。心配することはない。じいっと向うを見て、真直に立っていろ、と云ったのであった。しかし老人は、恐怖と、それが嘘であることを感じていた。彼は鼻も口も一しょになってしまうような泣き面をした。「俺は殺され度くない。いつ、そんな殺されるような悪いことをしたんだ!」と眼は訴えていた。「俺は生きられるだけ生きたいんだ! 朝鮮人だって、生きる権利は持っている筈だ!」そう云っているように見えた。

兵卒は、水を打ったようにシンとなって、老人の両側に立った。彼等の眼は悉く将校の軍刀の柄に向けられた。

軍刀が引きぬかれ、老人の背後に高く振りかざされた。形而上的なものを追おうとしていた眼と、強そうな両手は、注意力を老人の背後の一点に集中した。

老人はびく/\動いた。

氷のような悪寒が、電流のように速かに、兵卒達の全身を走った。彼等は、ヒヤッとした。栗島は、いつまでも太股がブル/\慄えるのを止めることが出来なかった。軍刀は打ちおろされたのであった。

必死の、鋭い、号泣と叫喚が同時に、老人の全身から溢れた。それは、圧迫せられた意気の揚らない老人が発する声とはまるで反対な、力のある、反抗的な声だった。