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あな

穴

黒島 伝治

1928(昭和3)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,328 字 · 23 页

青空文庫

栗島は、老人の傷口から溢れた血が、汚れた阿片臭い着物にしみて、頭から水をあびせられたように、着物がべと/\になって裾にしたゝり落ちるのを見た。薄藍色の着物が血で、どす黒くなった。血は、いつまでたっても止まらなかった。

血は、老人がはねまわる、原動力だ。その原動力が、刻々に、体外へ流出した。

彼は、抜き捨てられた菜ッ葉のように、凋れ、へすばってしまいだした。

彼は最後の力を搾った。

彼はまた這い上ろうとした。

将校は、大刀のあびせようがなかった。将校は老人の手や顔に包丁で切ったような小さい傷をつけるのがいやになった。大刀の斬れあじをためすためにやってみたのだ。だが、そいつがあまりに斬れなかった。

「えゝい、仕様がない。このまゝ埋めてしまえ! 面倒だ」

将校はテレかくしに苦笑した。

シャベルを持っている兵卒は逡巡した。まだ老人は生きて、はねまわっているのだ。

「やれツ! かまわぬ。埋めっちまえ!」

「ほんとにいゝんですか? ××殿!」

兵卒は、手が慄えて、シャベルを動かすことが出来なかった。彼等は、物訊ねたげに、傍にいる者の眼を見た。

将校は、叱咤した。

穴の底で半殺しにされた蛇のように手足をばた/\動かしている老人の上へ、土がなだれ落ちて行きだした。