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あきや

空家

宮崎 湖処子

「国民之友」1889(明治24)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,554 字 · 30 页

青空文庫

独木橋のあたり、ウド闇き柳の蔭に一軒の小屋あり、主は牧勇蔵と言う小農夫、この正月阿園と呼べる隣村の少女を娶りて愛の夢に世を過ぎつつ、この夕もまた黄昏より戸を締めて炉の火影のうちに夫婦向きあい楽しき夕餉を取りおれり、やがて食事の了るころ、戸の外に人の声あり「兄貴はうちにおらるるや」と、

「オオ」と応うる勇蔵の答えのうちに戸はひらけ、一個の壮年入り来たり炉の傍の敷居に腰かけぬ、彼は洗濯衣を着装り、裳を端折り行縢を着け草鞋をはきたり、彼は今両手に取れる菅笠を膝の上にあげつつ、いと決然たる調子にて、「兄貴、われは今熊本の戦争に往くところにてちょっと暇乞いに立ちよりぬ」と言う、思いもよらぬ暇乞いに夫婦は痛くも驚いたり、

彼は山田佐太郎と言う壮年、勇蔵には無二の友、二年前両親に逝れ、いと心細く世を送れる独身者なり、彼は性質素直にして謹み深く、余の壮年のごとく夜遊びもせず、いたずらなる情人も作らず、家に伝わる一畝の田を旦暮に耕し耘り、夜は縄を綯い草鞋を編み、その他の夜綯いを楽しみつ、夜綯いなき夜はこの家を訪い、温かなる家内の快楽を己がもののごとく嬉しがり、夜深けぬ