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くうしゅうかのにほん

空襲下の日本

海野 十三

「日ノ出 付録 國難來る! 日本はどうなるか」1933(昭和8)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,527 字 · 30 页

青空文庫

若い女は、もう気が狂っているのでもあろうか、愛児の叫び声も耳に入らないようだ。必死にとり縋られて、どうとその場に倒れると、もうホスゲンが肺一ぱいに拡がったのか、立ち上る力もないようだ。哀れ死に行こうとする親子三名!

そのとき前の商家から、主人らしい男が、瓦斯マスクをかけて飛び出してきた。この様子を内から見ていたものと見え、傍によって、何事かを喚くと、そのまま起ち上って向うの辻に消えた。

するとその辻から担架隊がやって来た。例の男が連れて来たのだ。担架隊員はマスクをかけているが、服装からいうと、女学生らしい。手際も鮮かに、担架の上に三人を収容すると、瓦斯避難所の方へ駈け出した。親子の命はやっと救われたようだ。

発見者の男は、また家の中へ引っかえした。しかし彼は唯一人で土間に頑張っている。襖を開けて室に入ろうとはしない。それもその筈で、その室の中には、彼以外の全家族が入っているのだ。皆、マスクがない。その室はすっかり密閉され、隙間隙間には目ばりを施し、その内側へはカーテンを二重に張り廻し、天井は天井で消毒剤が一面に撒いてあるのだった。マスクのない代りに、一時凌ぎの瓦斯避難室を作ったわけだ。