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くうしゅうそうそうきょく

空襲葬送曲

海野 十三

「朝日」1932(昭和7)年5月~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 95,012 字 · 189 页

青空文庫

「なァに――」

長造は、何も知らぬお妻が、奥から印鑑をもって来るのを見ると、グッと唇を噛んで堪えた。

「大したことじゃないよ。郵どん」

「……」郵どんは、長造の胸の中を察しやって、無言で頭を下げた。そして配達証に判を貰うと逃げるように、店先を出ていった。

「あなた――」その場の様子に、早くも気付いたお内儀は、恐ろしそうに、やっと夫の名を呼んだだけだった。

「おお、お妻、一緒に、奥へ来な」

長造は、スタスタ奥の間へ入っていった。

店の前の、警戒管制で暗くなった路面を、一隊の青年団員が、喇叭を吹き吹き、通りすぎた。

空襲警報!

時刻は、時計の外に、一向判らぬ地下室のことであった。それは相当に規模の大きい地下室だった。天井は、あまり高くないけれど、この部屋の面積は四十畳ぐらいもあった。そして、この室を中心として、隣りから隣りへと、それよりやや小さい室が、まるで墜道のように拡がっているのだった。そして部屋の外には、可也広いアスファルト路面の廊下が、どこまでも続いていて、なにが通るのか、軌道が敷いてあった。地面を支える鉄筋コンクリートの太い柱は、ずっと遠くまで重なり合って、ところどころに昼光色の電灯が、縞目の影を斜に落としているのが見えた。