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ぬすむおんな
窃む女
黒島 伝治
1923(大正12)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,734 字 · 18 页
眼は真直に前をみつめて、左右のことには気づかない調子になる。
「もう這入って来そうな時分だ。」
妻が座敷へ上って来るのがおそいので彼は訝った。
下駄の音は、門をはいってから、忍び足をしているのか、低くなっていた。彼がじいっと耳を澄ますと、納屋で蓆や空俵を置き換えている気配がした。まもなく、お里が喉頭に溜った痰を切るために「ウン」と云って、それから、小便をしているのが聞えて来た。
「隠したな。」と清吉は心で呟いた。
妻は、やはり反物をかえさずに持って帰って、納屋の蓆か空俵の下に隠したんだな、と彼は思った。
心臓の鼓動が激しくなった場合に妻の喉頭に痰が溜って、それを切ろうとして「ウン、ウン!」というのも彼はよく知っていた。
彼は、もう妻の身振りも、顔色も、眼も見る必要がないと思った。すべてが分ったような気がした。が、それを彼女に知らせず、何気ない風をよそうていようとした。そして、彼女の仕出かしたことに対してはなるだけ無関心でいようとした。けれども彼の神経は、知らず/\、妻の一挙一動に引きつけられた。お里は小便をすますと、また納屋へ行って、こそ/\していた。