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どうてい
童貞
夢野 久作
「新青年 第11巻第10号」1930(昭和5)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,572 字 · 27 页
た。すると、それとほとんど同時に、眼の前の暗い横路地から眩しい、美しい色彩の一カタマリが音もなく辷り出て、眩しくユラユラと立ち止った。
よく眼を定めてみると、それは平凡な白地のワンピースを着流した令嬢であった。青い帽子を冠って、白い靴下に白靴を穿いて、黒の地味な洋傘を持って……白麻の幌をかけた美事な籐製の乳母車を押しているのが何となく似合わしくなかったが、しかし病み呆けた昂作の眼には、そんな矛盾は映らなかった。ツイ今しがた聞いた、なまめかしい声の主と、眼の前の美しい令嬢とが同一人かどうか……という事すら考えなかった。
その令嬢は昂作の顔を見ると、白い歯をキラキラと光らして笑った。睫毛の長い、大きな眼を愛想よくクルクルさせながら、何か二言三言早口に言って、昂作の垢だらけの手に五十銭銀貨を一つ握らせると、チョットあどけなくお辞儀をした。そうして乳母車を昂作の前に押し遣りながら、すぐ向うの横路地の中へ、小急ぎに消え込んだが、そのうしろ姿が何とも言えず可愛らしかった。
昂作は呆気に取られたまま、その横路地の暗い入口と、掌の中でキラキラと輝く新しい五十銭銀貨を見比べていたが、そのうちにヤット今の令嬢が自分に頼んだ言葉を思い出した。