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きょうそう

競漕

久米 正雄

「新思潮」1916(大正5)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,312 字 · 34 页

青空文庫

五分十五秒かかった。皆は思いのほかかかったのに落胆して、しおれながら艇を一番最後に艇庫へ入れた。そこへ岸にいた先輩や津島君なぞが喜色を湛えて入って来た。「大丈夫だ。もう勝った」と口々に言っている。聞けば農科の方がコンディションがいいにもかかわらず、五分二十秒以上かかったと言うのである。そして皆が大声をあげてなお詳しく語り続けようとした時、急に選手の一人が誰れか艇庫の戸口に立聞きしている人を見出して小声で注意した。咄嗟の謀計で久野はわざと大声に「なあに心配することはないよ。向うが五秒早くたってこっちの条件が悪るかったせいだよ」と言ってやった。艇庫の戸口の暗いところに立っていたのは農科の舵手の高崎らしかった。

こんなことがあるうちにも競漕はますます近づいて来つつあった。

四

競漕の日は来た。空は朝から美しく晴れ上った。学校の事務室から小使が早くやって来て、合宿の前へ樺色の大きな旗を立てた。それがひどく晴れがましく見えた。

選手らは朝八時ごろに一度手馴らしに艇を出して、一と漕ぎして来るはずであった。皆はいつもと違った心持で艇に乗った。しかし艇はいつもの通り緩やかに滑り出す。