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けいば
競馬
織田 作之助
「改造 第二十七巻第四号」改造社、1946(昭和21)年4月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,134 字 · 24 页
三番片脚乗らんか、三番片脚乗らんかと呶鳴っている男は、今しがた厩舎の者らしい風体の男が三番の馬券を買って行ったのを見たのだ。三番といえばまるで勝負にならぬ位貧弱な馬で、まさかこれが穴になるとは思えなかったが、やはりその男の風体が気になる、といって二十円損をするのも莫迦らしく、馬の片脚五円ずつ出し合って四人で一枚の馬券を買う仲間を探しているのだった。あの男はこの競走は穴が出そうだと、厩舎のニュースを訊き廻ったが、訊く度に違う馬を教えられて迷いに迷い、挽馬場と馬券の売場の間をうろうろ行ったり来たりして半泣きになったあげく、血走った眼を閉じて鉛筆の先で出馬表を突くと、七番に当ったのでラッキーセブンだと喜び、売場へ駈けつけていく途中、知人に会い、何番にするのかと訊けば、五番だという。そうか、やはり五番がいいかねと、五番の馬がスタートでひどく出遅れる癖があるのを忘れて、それを買ってしまうのだ。――人々はもはや耳かきですくうほどの理性すら無くしてしまい、場内を黒く走る風にふと寒々と吹かれて右往左往する表情は、何か狂気じみていた。
寺田はしかしそんなあたりの空気にひとり超然として、惑いも迷いもせず、朝の最初の競走から1の番号の馬ばかり買いつづけていた。