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たけのさとびと
竹乃里人
伊藤 左千夫
竹乃里人「馬醉木 第六號」根岸短歌会、1903(明治36)年11月13日<br>竹乃里人「馬醉木 第八號」根岸短歌会、1904(明治37)年2月2日<br>竹の里人「馬醉木 第十一號」根岸短歌会、1904(明治37)年5月5日<br>竹乃里人「馬醉木 第十二號」根岸短歌会、1904(明治37)年7月15日<br>竹の里人「馬醉木 第十三號」根岸短歌会、1904(明治37)年8月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,338 字 · 29 页
歌人というに妨げないのだ、初めの内の作物が後に伝わるを恥辱を遺すように思うは狭い考である、
それからまた別の時であるがこんな話も聞いた。
杜子美と云えば云うまでもなく、盛唐一、二の大詩人であるから、その詩集は金玉の佳什で埋っているかのように思う人もあろうが、その実駄作も随分あるというは苦労人間の定説であるとの話だ、それで杜子美ともあるものが、どうしてそんな駄作を書いておいたかとの疑いもあるけれど、杜子美先生一向平気で出来たまま書いておいたのが、伝った訳で、一方より見るとそれがかえって杜子美の大きいところであるとのことだ、駄作の混じているために、杜子美の詩集の価値が少しも減じないのみか、かえってそれがために杜子美の杜子美たる所以が顕われて居るというは妙でないか、宋詩人(名を忘れた)に非常な杜子美崇拝家があって、杜子美の長所を極力学んだ、その詩集を見るとほとんど杜子美に迫っている、それで子美の好いところばかりを学んだのであるから、かえって杜子美集のごとき駄作が一首もない、さあそんならこの人の詩集は子美詩集に勝っているかというに、とてもそんな訳にはゆかぬ、よい